2019.02.06 15:0001 「ふたり」それは、天の上でも地の下でも、生者の国でも死者の国でもない、不思議な世界。便宜上「国」とだけ呼ばれるそこは、一対の翼を持つ「天使」と、翼を失った「怪物」が対立する、どこまでも理不尽で平和な世界だ。誰が言い始めたのか、「創造主である陛下は、背中に一対の翼と、自然の力を持った天使のみを愛しているのだ。だからそれを失った異端である怪物は正しくな...
2019.02.05 15:0002 「不穏なカノン」数拍、沈黙があった。先に口を開いたのは、ラプンツェルだった。「……うそ」目を見開いたまま、ぽつりと落とすように呟かれた一言。ラプンツェルの視線がゆらゆらと揺れて、ゆっくり下に落ちた。アプフェルの腕を掴んだ両手は、きっとまだ温かい。向かい合った二人の鼻先の間、少し冷たくなった風が控えめに通り抜けていく。次に口を開いたのは、アプフェルだった。...
2019.02.04 15:0003 「青と赤」さて、時はその日の明け方に遡る。国内某所、ヨハネス騎士団本部。見た目に荘厳な出で立ちのその建物も、内部に起き出している者はまだ少ない。夜明けから正味数十分、廊下は未だ夜の気配を残し、ひんやりと冷え切っている。ゆっくりと朝日が差し込む角度を大きくしていく廊下を、足早に歩く人影が一つあった。その人影は絨毯のひかれた廊下を突っ切り、突き当たり正...
2019.02.03 15:0004 「きになるこ」「キールぅ!あのねっ、お庭にまいておいた種がねっ、芽ぇ出したよっ」扉の向こうから近付いてきた軽い足音の主は、小さな少女だった。小柄なエマニュエルよりもうんと小さく、年齢も二桁に乗っていないくらいの、本当に小さな子供。柔らかそうな蒼色の髪を揺らし、手には体躯に比べて些か大きな籠を抱えた少女が、にこにこと満面の笑みで部屋に飛び込んで来た。片手...
2019.02.02 15:0005 「レチタティーヴォ」薄暗く生暖かい水底から浮上するように、ゆっくりと視界が明るくなった。目に飛び込んできたのは、見覚えのない白い天井と清潔そうな薄縹のカーテン。そして嗅ぎ慣れない薬品の香り。一瞬状況が分からず慌てて跳ね起きたが、しんと静まり返る空間に、彼はぼんやりと先刻までのことを思い出した。確か、一人で歩き慣れない森を抜けようとしていた時。ふと異様な空気を...
2019.02.01 15:0006 「記憶を雫に閉じ込めて」▼それは今からずっと昔の話で、太陽と月がずっとずっと若かった頃の話。光は炎、闇とは夜であった頃。この国を生み出した創造主である「陛下」が国を治めていた時代。この頃、まだ天使と怪物は表立って争っていたわけではなかったけれども、天使は怪物を避け、結果として表向きは棲み分けが出来ていた時代であった。それでも天使は心の底では怪物を嫌悪していたのも...
2019.01.31 15:0007 「邂逅」さて場所は変わって、とある森の中。国の北西側に位置するその森は他と比べて湿っぽく、何より目立つのが倒木で、倒れたそれを鮮やかな苔が覆い一風変わった美しい景色を作り上げていた。耳を澄ませてみても鳥や虫の鳴き声と風が木々を撫でる優しい音しか聞こえない。奥に進めば小さな集落があるものの、穏やかで静かな、美しい森。…普段なら、そうであるのだが。今...
2019.01.30 15:0008 「少女の夢、青年の杖」……ね、おしえてあげる。パパとママはやさしい人。そして、おしゃべりとりょうりがすきな人。とくにパンをやくのがとっても上手で、だから、かぞくになって、小さなパンやさんを、二人でひらいたんだって。ずっとゆめだったんだと、パパがうれしそうにはなしてくれた。そのことを、今でもおぼえてる。▼「西の森に、行ったんだと思う」青年が目を伏せながらそっと呟...
2019.01.29 15:0009 「だいすきな、パパとママへ」「……鼠さんを逃がしたわ。面倒な事にならないと良いのだけど」なになに?と、アプフェルとエマニュエルの顔を交互に見やったラプンツェルに、エマニュエルは首を傾げながら言う。「…それで、アモの居場所は?」「あっ実はまだなんですよね~…ご、ごめんって!倒れた本棚の量が案外多くて…」エマニュエルのじとりとした視線を感じたのか、ラプンツェルは慌てたよ...